唐津市の伝承(54話)
- 浜玉町での長期滞在と複数霊の憑依 — 浜玉町
- 母鯨の哀願 — 呼子町呼子
- 尾の上の狐 — 呼子町尾の上
- 波戸岬 — (波戸岬)
- 名護屋 — 鎮西町名護屋
- 西村某の千里眼
- 事例17:一月七日を七草ゾウシという。 — 鎮西町
- 神棚の端に供える疱瘡送りの餅 — 鎮西町
- 事例14:疱瘡をしてから七日目を疱瘡ご — 鎮西町加唐島
- 福江・松島某の河童相撲 — 福江一里川
- 厳木町の天神・ヤブサ — 厳木町
- 松浦佐用姫の領巾振り — (鏡山)
- 小豆を畦に植えるといけない — 浜玉町浜崎
- ほうろく岩 — 北波多下平野(鯖腐石)
- 佐用姫が生まれた長者原と名残の坂 — (名残の坂)
- 松浦潟の西行腰掛石 — (西行腰掛石)
- ヤマンタに残るミソ五郎の足跡 — (ヤマンタ)
- 志気に残るみそ五郎の左足跡 — 北波多志気
- 前平山を削ったみそ五郎 — 北波多志気
- 瀬戸木場に残る佐用姫の屋敷跡 — 厳木町瀬戸木場(佐用姫の屋敷跡)
- 長者原と名残の坂の考証 — (長者原)
- 天童岳から軍船を見送った佐世姫 — 呼子町加部島(天童岳)
- 船をつないだ大臣の鱸石 — 鎮西町馬渡島(大臣の鱸石)
- 緑丸を得たという緑山 — (緑山)
- 蟇目の矢の跡が残る屋形石 — 屋形石
- 八坂神社に建てられた為朝の碑 — 湊町(八坂神社)
- 一夜で元に戻った屋形石の石 — 屋形石
- 大伴狭手彦の碑が立つ医王寺 — (医王寺)
- 緑山で得た渡りの緑丸 — (緑山)
- 北波多に残る為朝の旧跡 — 北波多
- 社内に立つ為朝の碑 — (湊浦祇園宮)
- 為朝が関を置いた御都築 — 御都築
- 入野の名を生んだ西行の一首 — 肥前町入野(西行腰掛石)
- 石に刻まれた安徳天皇の足跡
- 笠をいただく落人の石塔 — (笠かぶりの神様)
- 小判を三十六駄積んだ炭焼 — 笠木
- まんの瀬に沈んだ炭焼の小判 — 厳木町浪瀬(まんの瀬)
- 炭焼が掘り当てた金の瓶 — 厳木町本山
- 七つの釜に満ちた炭焼の小判 — (七ツ釜)
- 五月雨の晩に現れる牛と僧 — 鎮西町名護屋(名護屋城)
- 村が差し出した唐津城の人柱 — 厳木町浦川内
- 岩屋に語られる田代近松 — 厳木町岩屋
- 石を投げながら渡る石投げ橋 — 大杉(徳須恵川)
- 七代祟ると言い残した河童 — (徳須恵川)
- 線香の灰で勝った河童相撲 — 鎮西町(どどろ淵)
- 鏡を落とした弟日姫子と鏡山 — (鏡山)
- 鏡山の狭手彦の船繋ぎ石 — (鏡山)
- 馬渡島の大臣のとも石 — 鎮西町馬渡島(大臣のとも石)
- 亀の首に見える弦かけ岩 — 北波多下平野(弦かけ岩)
- 厳木・教良木の清らな木の地名 — 厳木町(厳木駅)
- 田島神社の松浦佐用媛の望夫石 — (田島神社)
- 浦島太郎の龍宮体験
- 凶賊孤角を討ち埋めた鬼塚 — (鬼子岳)
- 阿蘇惟直の家臣を葬る五人塚 — 厳木町天川(天川山)