行基が沼の光る浮木から彫った観音
どんな伝承か
行基菩薩が常陸の国へ向かう途中、奥山の近くを通りかかると、沼の中から光を放つものがあった。足を止めて沼から拾い上げてみると、それは一本の流れ木だった。行基はそれを手にして奥山へ上り、観音経を唱えながら三日三晩眠らずに仏像を刻み続けた。こうして生まれたのが、いま奥山の泉光寺にまつられている観音像だと伝えられている。野口如月の『北相馬郡志』に載る縁起である。
原典より
それが、今奥山泉光寺にある観音像だと言われている。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。