孝謙天皇の白馬を祀る白馬大明神
どんな伝承か
西高野の北西の畑の中に空木の森と呼ばれる所があり、花の盛りはことのほか美しかったという。その空木の根元に小さな宮があり、白馬大明神と呼ばれている。昔、孝謙天皇が諸国を巡ったとき、乗ってきた白馬が隣村の大領で死んだ。屍を葬って空木を墓印に植え、馬の口取りをしていた保坂という者が墓守として残り、白馬の霊を白馬大明神として祀った。のちにこの家の者が西高野へ分家する際、本家の氏神の分霊を迎えて小祠を建て、空木の株も分けて植えたという。今も一家の氏神として毎年十二月十五日に祭りが行われている。
原典より
その昔孝謙天皇が諸国行幸の際、乗ってきた白馬が壬生の隣り村の大領(現在石橋町)において死んでしまった。—— 壬生町史 民俗編――伝説(壬生町(編)・壬生町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
壬生町史 民俗編――伝説(壬生町(編)・壬生町史)
『壬生町史 民俗編――伝説』は、壬生町史民俗編のうち昔話と伝説の章を収めたものである。町史編さんの調査で町内の古老から集めた昔話を方言を生かして再話し、話者名を添えて動物昔話・完形昔話・笑い話・世間話に分けて並べる。伝説は吉次の墓・親抱きの松・大御堂などを動植物・歴史上の人物・塚と渕・神仏・地名に分け、地元の伝承に『郷土誌』『壬生領史略』などの文献からの引用を交えて載せ、一部の話に解説を付す。