むじな大尽と山鬼の恩返し
どんな伝承か
草加市新里町の、江戸時代には名主をつとめたほどの家柄の旧家は、昔からむじな大尽と呼ばれてきた。屋敷内の橋や松の古木の洞にむじながすみつき、家の者が餌をやってかわいがっていたからである。明治初期、第一四代当主亀太郎のとき、山鬼と異名をとる盗人が近隣の村々を荒らしていた。捕らえようと相談したことが山鬼の耳に入り、ある月のない晩、山鬼は大戸の土台下に穴をあけて忍び込んだ。逃げ回る亀太郎の前ではなぜか雨戸が一枚大きく開け放たれており、そこから外へ出て難を逃れた。後に亀太郎は、目玉の光る黒いものが何匹も付いて来たと語り、村人はむじなの恩返しだろうと語り合ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史・自治体史(民俗))
『草加市史 民俗編』所収の伝説。埼玉県草加市に伝わる地名・塚・神社・地蔵・狐狸の伝説を採録する。