姥捨て山と呼ばれる尾根の石室と頭骨
どんな伝承か
愛媛県四国中央市新宮町(旧宇摩郡新宮村)の熊野神社は、銅山川と馬立川の合流点を見下ろす高台に鎮座し、平安末期の一二世紀頃には勧請されていたと伝わる。平成十九年一月下旬、民俗研究者の筒井功は石風呂を調べるためこの地を訪れ、宮司田辺捷氏(一九三七年生)から話を聞いた。神社の北方約五百メートルの尾根の先端には、絶食による即身成仏を目指した修行者が籠もったとされる石室「入定窟」が複数残っており、後日、村人の山崎節雄氏(一九二七年生)の案内でその場所を訪ねたという。
原典より
経典を書写した石室のこと一基は共同墓地のわきにあった風呂ノ谷は「ムロノ谷」の意ではないか第2章 石風呂と焼き石湯京都郊外・八瀬の不思議八瀬は窯風呂の里でもあったいまも入浴できる重要文化財漂泊民の入浴法—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。