お祓降りに始まる錦部郡のおかげ踊り
どんな伝承か
文政十三年のおかげ参りの熱が五月に冷めはじめたころ、お祓が降ったのをきっかけに、河内の南部の錦部郡からおかげ踊りが起こった。踊りはお祓の降らない土地にも村から村へと受け継がれ、その年のうちに大和・中河内・大坂の町へ、翌天保二年には北河内や南山城、摂津の島上郡にまで及んだ。東は近江まで、西は丹波篠山や播磨の加東・多可郡まで広がったという。
原典より
同年五月には「おかげ参り」の高揚が退潮期に入るが、このときにお祓の降下を契機として南河内錦部郡からおこり、…—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。