遠江最初の見付宿と東への伝播
どんな伝承か
遠江でええじゃないかが最初に確かめられるのは、東海道の宿場である磐田郡見付宿の、八月十五日の例である。流行は三河の吉田から浜松へ入り、東海道に沿って東へ進んだ。九月には大井川をはさんだ金谷と島田の両宿に及び、月末には駿府へ達する。十月には清水・由比・蒲原・吉原、そして三島へと波及し、そこから伊豆半島へ広がり、さらに箱根を越えて相模・武蔵の地方へ入っていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。