庚申様を恐れて念仏を唱えた念仏橋
どんな伝承か
横土手の庚申様は村のはずれにある。昔はそのあたりに家も少なく、庚申様のわきを通るのが恐ろしかった。そこで横土手を通る人は誰もが念仏を唱えながら歩いたので、そこに架かっていた橋はいつとはなしに念仏橋と呼ばれるようになったという。この念仏橋のたもとでは流れ灌頂もよく行われた。また村境でもあったため、悪いものが村へ入らないよう三月十八日には辻切りをし、その時は村人から御神酒銭を集めたと伝わる。
原典より
そのため、横土手を通る時は誰もがお念仏を申しながら通ったので、そこにあった橋は、だれいうともなしに念仏橋と呼ぶようになった。—— 八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史)
『八潮市史 民俗編――伝説・怪異』は、埼玉県の『八潮市史』民俗編から伝説の部分を収めたものである。市内の各地区で聞き取った稲荷火や狐の嫁取り提灯、狢・河童・蛇の話、徳川家康の鷹狩りにちなむ地名や塚の由来、地蔵や人魂、念仏橋の話を、話者の言葉づかいのまま地区名を添えて並べる。概説のあとに自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三つに分け、話の群ごとに『日本民俗事典』や『武蔵の伝説』などを引いた参考を付ける。