大田羅坊が筑波山を運んだ話
どんな伝承か
大房とは、大田羅坊が住んでいた所で、ダイダラボーがいつの間にか略されてダイボーになったといわれている。大田羅坊は大変からだが大きく、力持ちであったそうである。昔、筑波山は今の利根町の南の千葉県にあったのだそうで、そのため利根町のあたりは日当りが悪く、農作物がよく実らなかった。ある日、百姓の一人が、あの筑波山さえなければなあ、と大きなため息をついた。それを聞いた大田羅坊は、どこからか大きなシャベルを持って来て、今の筑波山のある場所へ運んでしまったという。ところが土を取り過ぎたため、その跡に印旛沼や手賀沼ができ、ふんばった足跡が牛久沼と霞ヶ浦になったのだそうだ。
原典より
それから、大田羅坊が筑波を動かすのに、ふんばった足跡が、牛久沼と霞ヶ浦なのだそうだ。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。