ひと晩で築かれた石戸城攻めの一夜堤
どんな伝承か
石戸城の攻防にまつわる一夜堤には、二つの言い伝えがある。一つは永禄五年十二月、北条氏政の命を受けた氏邦が上杉方の石戸城を攻めた話である。城主毛利丹後守の守りが堅く城はなかなか落ちず、上杉謙信の援軍が来ると聞いた氏邦は、闇夜にまぎれて城の東北の台地とのあいだに広がる沼地へ堤を築き、一気に攻め入って勝ったという。もう一つは天正十八年、豊臣秀吉の小田原攻めの折、四月八日に石戸城が秀吉方の軍勢に攻められたときの話で、城の正面が固いため脇の湿地をひと晩で埋め、朝日を背にして攻め込んだという。どちらの話でも、その堤が今に一夜堤の名で残っている。
原典より
一夜堤は、石戸城の前面が堅固なため側面の湿地帯を一夜にして埋め、朝日を背にして攻め込んだ豊臣方が残したものである。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)