利根川で消えて龍宮へ行った荒井家の娘
どんな伝承か
利根町布川の蛯女神宮に祀られているのは、この町の荒井家の祖先荒井照信の娘である。たいそう美しい娘で、天正二年二月に利根川のほとりへ出たまま行方知れずになり、何日も川底まで探したが見つからなかった。神占を頼むと、娘は龍宮へ行って子孫の繁栄を祈っているとの託宣があり、照信は蛯女神宮として祀ったという。碑文には、天正三年二月の夜明けに利根川端で姿を消し、占いに「われは龍宮から仮に照信の娘として現れ十二年この世にいた。今後は荒井家の子孫を守る」と出たので氏神に祀った、とある。荒井氏は常陸小野崎の城主であったが佐竹氏に滅ぼされ、布川城主豊島紀伊守を頼って客分となった家で、今も子孫の荒井忠吉が布川に住む。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。