刑場の跡に苔蒸す墓
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どんな伝承か
布川の徳満寺の地蔵市から泥酔して帰る松木村の名主権左衛門は、押付新田の太郎左衛門の家の裏口から、一同が鳥を焼いているのを覗き見た。翌日、鶴を殺して食ったに相違ない、嫌なら娘お雪を渡すか金二十両を出せと迫り、撥ね付けられると、お雪の親子が鶴を殺したと届け出た。恋に破れた群平が役人新堀十郎に訴え、佐右衛門・太郎左衛門・忠兵衛の三人は死罪、お雪も恨みを呑んで露と消えた。立木村円明寺の住職浄国妙信師が剣術の師田村利平とともに願い出て死骸を引き取り厚く葬った。後に冤罪と判明し、新堀十郎は江戸十里四方追放、群平と名主も追放され、群平は利根川に身を投げた。刑場跡の共有地の畑中には今も一族の石塔が残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。
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利根町の伝承
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