丘陵上に田畑と化した横須賀城址
どんな伝承か
横須賀城址は利根町横須賀の丘陵の上にあり、一方は文間村奥山に、一方は北文間村西方に接している。東西七町、南北四町ほどの広さで、空堀のようなものも残るがいずれも田地となり、丘の上は畑になっている。奥山の側に徒歩坂と解される地名があり、当時の搦手にあたると推察される。城主は豊島平之允と伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。