熊澤蕃山の墓
どんな伝承か
勝鹿村の大堤にある鮭延寺に熊沢蕃山の墓がある。蕃山は名を伯継、字を了介といい、息遊軒とも号した儒学者で、その学問は広く知られている。備前岡山藩に仕えて承応年間の大飢饉のとき藩政を任され、施策によって民を救い、池や溝を修めて上下を安んじ、仏寺を減らし淫祠を廃したことが先哲の伝記に記される。のち備前を去って明石の松平氏に仕え、主家の古河移封に従ったが、上表が幕府の咎めを受けて古河に禁錮され、元禄四年八月十七日に七十三歳で没した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。