二人で九十九年かけて掘った利根川
どんな伝承か
利根川は栗橋から銚子まで、二人の男がモッコを担いで九十九年かけて掘ったものだと語られ、九十九年堀とも呼ばれる。語り手によれば、この辺りは昔は海であった。鎌倉街道は布佐を通って羽根野、横須賀、大平を経て奥山の泉光寺に至り、さらに押戸の根本寺から船に乗って龍ケ崎へ出たのだという。利根川の開削と古道の記憶を重ねた伝承である。
原典より
奥山の泉光寺からよ、鎌倉街道。—— 竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書)
『竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異』は、竜ケ崎市史の民俗調査報告書のうち、北文間・川原代の両地区で聞いた伝説と世間話を収めた部分である。中沼の主のタニシや亀、ドウロクジンサマの大蛇、狐や狸に化かされた話、首切り田や底なし田、平将門の影武者、力持ちのジンシチなどを、明治・大正生まれの話者からの聞き書きで記す。話はムラごとに分け、話者の語りに準じて記して地区・性別・生年を添え、冒頭には話型名を付した昔話も含む。