十一面観音菩薩をめぐる伝説(沼間)
どんな伝承か
行基が刻んだ十一面観音は善応寺に祀られたが荒れて苔に埋もれ、後に里正夫婦が感応寺を建て再興。天台の高僧の修行中、不思議な童子が閼伽水と蓮の花を捧げた。これが諏訪明神の化身で、蓮を採った所を『はすぬま』という観音霊験伝説。
原典より
行基菩薩が刻んだという十一面観音は、山上にお堂を建てて祀られた。—— 逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史)
『逗子市史 別編1 民俗編――伝説』は、逗子市の市史のうち、別編第一巻の民俗編にあたる巻の一部である。池子・沼間・桜山・小坪・久木・山の根など市内の土地に伝わる伝説を収め、和泉から来た一行が金を埋めたという金山権現、行基の十一面観音と大蛇、六代御前の墓、為朝の矢の根井戸、頼朝と新箸の宮、河童松、お夏狐などの話を記す。伝説の章の末に河童や狐、庚申の夜の短い話を添え、続く方言・訛語の章では逗子の語彙を五十音順に並べる。