千鶴子の雨宮透視失敗
どんな伝承か
番町の大邸での実験に失敗した御船千鶴子は、その帰途、逗子か鎌倉に雨宮啓次郎を訪ね、その病症および年寿を透視しようと試みた。著者はこれを、まだ練習中の身で先生扱いされた者の僭妄のはなはだしいものと評し、当たらなかったのはむしろ当然であるとする。帰郷して間もなく讃岐の丸亀市に千里眼の婦人が現れたとの報道が相次ぎ、千鶴子自身は透視能力の減退を憂え、家庭の心痛も重なって、明治四十四年一月十八日、父の宅で毒薬を服して自殺を遂げた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊哲学の現状(高橋五郎・大正時代(1910年代推定))
バイバル夫人の交霊会(心霊哲学の現状)/霊媒術と自動書記/音声による霊界通信/物質化現象/心霊哲学と死後存続論