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海を泳いで讃岐の金比羅へ参った漁師たち

所在地香川県仲多度郡琴平町(金刀比羅宮)
年代幕末
登場日川龍蔵、高木源助、里見俊吉、濱三、民衆、記録者、体験者、遭難者
出典阿波えゝぢやないか

どんな伝承か

阿波の社寺を踊り巡るうちに勢いづいた踊子たちは、ついに国境を越えて讃岐の金比羅宮へ向かった。切手なしには通れない番所も「なんでもええじゃないか」と突破され、裸で無一文でも讃岐へ行けたので、参詣者はおびただしい数にのぼった。日川龍蔵は大坂越から参り、帰りに法花の料理屋の弱った娘を託されて正月二日ごろに送り届けた。高木源助は高松の城下で踊りの列に紛れ込んだ呉服屋の娘を連れ帰り、のちに妻に迎えた。漁師の里見俊吉らは赤褌一つで鞆の浜から海を泳ぎ、鳴門を越えて屋島へ上がって参詣したが、仲間の浜三は戻らず、鱶に食われたと思われている。

原典より

阿波に於ける諸所の神社佛閣を踊り巡るうちに、踊子達はいよいよその機勢を煽られ、 ついに阿波一國では 飽き足らず、途に國境を越えて遠く讃岐の金比羅宮へ参詣するに至つた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))

『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。

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