中房村の山崩れから出た奇怪な頭骨
どんな伝承か
文化六年に山本某が語ったところでは、その五年前の丑年四月、松本領の中房村で大雨のために山が崩れ、ひとつのされこうべが出てきた。信州山家組荒井村の安右衛門が所持していたものを江戸へ持ってきたのを山本が見て、その形を絵に描いて見せてくれた。高さ七寸六分、歯が九枚、眼の穴は一寸一分、鉢回りは二尺二寸五分あり、下顎はなかった。蛇の頭か、あるいは狒々の頭だろうと評されたという。
原典より
高さ七寸六分、歯九枚、眼穴一寸一分、鉢廻り二尺二寸五分ありて、下顎なし。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。