雹の害を封じた撫州さまのお堂
どんな伝承か
笹井のあたりは良い米のとれる美田が広がっていたが、昔は秋の収穫期になると決まって大雨や大粒の雹が降り、実った稲が折れて米がとれず、村人は困り果てていた。そこで宗源寺の撫州さまに相談すると、撫州さまは境内に小さな堂を建てて一心に祈禱し、翌年から雨や雹の害はぴたりと止んだ。ところがある年、村人が勝手にその堂をよそへ移したところ、収穫期に大嵐と雷が起こって雹が降り、その年は米が一粒もとれなかった。驚いた村人が堂を元の場所へ戻して心から祈ると、再び雹の害は絶えたという。村人はこの堂を大切にし、四月八日の花まつりに撫州さまの徳を偲んだと伝わる。
原典より
笹井あたりはよい米がたくさんとれる美田が広がっていた。—— 狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当))
『狭山市史 民俗編』は、狭山市の市史のうち民俗を扱う巻で、ここにはその「五 伝説・昔話・世間話」の部分が収められている。堀兼・入間・奥富・柏原・水富・入間川の各地区で古老の座談会と個別の聞き取りによって集めた話を、話者の地区・名・生年を添えて載せ、不老川や堀兼の井、影隠地蔵、キツネ、豪商綿貫家の話などを含む。伝説は水・動物・植物・地名・人物・塚・神仏・地蔵・妖怪変化など十項に分け、話ごとに[解説]を付す。