赤痢のお告げで掘り出された三体の地蔵尊
どんな伝承か
加佐志の耳だれ地蔵のかたわらに、三体の地蔵尊が並んでいる。昔、加佐志で赤痢が大流行したとき、由緒のある地蔵尊が石橋の下に埋まっているせいで病がはやるのだ、掘り出せば治まる、というお告げがあった。村じゅうの者が橋のたもとを掘ってみると三体の地蔵尊が現れたので、ただちに今の場所へ安置して供養したところ、赤痢の流行はしだいに収まっていったという。
原典より
加佐志の耳だれ地蔵のそばに三体の地蔵尊がある。—— 狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当))
『狭山市史 民俗編』は、狭山市の市史のうち民俗を扱う巻で、ここにはその「五 伝説・昔話・世間話」の部分が収められている。堀兼・入間・奥富・柏原・水富・入間川の各地区で古老の座談会と個別の聞き取りによって集めた話を、話者の地区・名・生年を添えて載せ、不老川や堀兼の井、影隠地蔵、キツネ、豪商綿貫家の話などを含む。伝説は水・動物・植物・地名・人物・塚・神仏・地蔵・妖怪変化など十項に分け、話ごとに[解説]を付す。