札の出所を問われた熱田御師の答え
どんな伝承か
水野正信の「青窓紀聞」には、降ってくる札の出どころを熱田の御師鏡味氏に問い質した話が書き留められている。神前の御札が紛失した覚えはないかと尋ねられた御師は、そんなことはない、このたびの御札降りは天狗の仕業だと答えた。ただし天狗は大社の神前へは入れないから、自分たちが使う「院内」どもが関東へ配る札を持ち出して降らせたのだろう、とも言う。では木や銅の仏像が降ったのはなぜかと重ねて問われると、それは合点がいかぬと答えたという。この問答の真意は分からないが、大量の札を扱う御師たちへ疑いが向けられていたことは確かである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。