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大雨にも濡れなかった文政の御祓

所在地愛知県豊橋市牟呂町(牟呂八幡宮)
年代文政13年(1830)/父の伝承
登場森田光義、森田光尋、源三郎、伝承者、牟呂八幡宮大宮司・光尋の父、牟呂八幡宮宮司・「留記」の筆者、禰宜・御供道中の先頭
出典ええじゃないか始まる

どんな伝承か

牟呂八幡宮の宮司森田光尋が残した「留記」には、父讃岐守光義の代にあたる文政十三年の御蔭参りが書き留められている。その年、牟呂村では日照りが続いて雨乞いが行われていたところ、諸国で御札降りが起こり御蔭参りが始まった。牟呂でも中牟呂村外神村の真福寺に御祓が降ったが、寺内への降臨だとして村方には渡されなかった。若者たちが雨乞いに参籠し、ようやく大雨となった翌朝、天王社の前の杉の木に伊勢内宮の御祓が降っていた。大雨だったのに少しも濡れていなかったという。御祓は行列を組んで八幡宮へ移され、光尋は六歳でこれを見ている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))

『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。

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