大嶺村に届いた代替わりの相談
どんな伝承か
幕藩権力の崩壊後、豊田郡大嶺村の青山家に残る御用留によれば、慶応四年二月七日に「陣中不残引き払いに付」管下の村役人による「相談」が招集された。招集したのは東海道の池田の渡し近辺の村々である。十二日にはこの「郡中参会」に出席して帰った横川村の者が模様を報告し、惣代が尾張藩に出向いて意向を聞くことになった。十四日にその惣代の依頼がおこなわれ、十九日には相津村の名主らから「代替りに付」相談会を催したい旨の通知があった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。