鳴瀬山の深夜に響いた神楽の合奏
どんな伝承か
大正七年八月、九鬼盛隆は易の門下生犬塚某に招かれ、遠州磐田郡山香村の龍王権現社のある鳴瀬山に登った。行者の修行場の霊山で、犬塚は三年前から祠に寝泊まりして修行していた。犬塚が暇乞いに三日ほど里へ下りた最初の夜、午前一時ごろ、九鬼がひとり写し物をしていると、社の近くの森の上空から太鼓、笛、笙、篳篥の合奏が聞こえ出し、四十分ほどで止んだ。谷川の岸へ下りると聞こえず、山上へ戻るとまた聞こえた。次の夜も、その次の夜も同じだった。戻った犬塚は三年いて一度も聞いたことがない、瀬音だろうと取り合わなかったが、その夜、例の時刻に九鬼が揺り起こすと、犬塚も耳を澄ませて確かに神楽だと深く感じ入ったという。
原典より
午前一時ごろ細雨の降る小寒い折り、孤燈の下で筆寫ものをして居ると、忽然笙、篳篥、太鼓などの合奏が社頭近い森の上空に當って聴こえ始めた。—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談)
『幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵』は、岡田蒼溟による霊怪の事例集である。祟る石、出雲の瀧姫行者、神西湖の妖怪、但馬の抜け首、黄金の精、海の牛鬼、天狗などの怪異を、著者自身の見聞や知人の談話、古い文書からの移載によって集め、明治・大正期の出雲や松江周辺の事例を多く含む。項目によっては【解題】や註を添え、事例の後に「第二編」と附録の「天狗考」を続け、巻末の「解説の欄」で生霊・疫神・物体の飛来などを心霊研究の立場から論じる。