三千社に広がった熊野信仰と小さな熊野
どんな伝承か
熊野地方は古くから死者の集まる国とされ、畿内では人の霊魂はみなそこへ籠もると信じられていた。「隠国の熊野」という言葉もその信仰から生まれている。本宮・新宮・那智の三山を総本社とする熊野系の神社は全国に三千社ほどを数え、その伝播力は各地に小さな熊野を残した。四国山脈の直下にある愛媛県四国中央市新宮町、かつての宇摩郡新宮村もその一つで、地名のとおり三山のうち新宮とのつながりが深い。村の熊野神社は遅くとも平安末期の十二世紀には勧請されていたらしく、宮司は代々田辺氏が務め、熊野別当田辺氏の血を引き紀伊から移ってきたと伝えている。
原典より
中に頭骨が転がっていた経典を書写した石室のこと一基は共同墓地のわきにあった風呂ノ谷は「ムロノ谷」の意ではないか第2章 石風呂と焼き石湯京都郊外・八瀬の不思議八瀬は窯風呂の里でもあったいまも入浴できる重要文化財—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。