地名を語れぬ妻と箕作りの村
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どんな伝承か
松島真佐子は、夫の村田政吉と暮らした十年余りのあいだに三、四回、夫の実家を訪ねている。だが文字が読めなかったため、降りた駅の名も、乗ったバスの車体の文字も、実家のあるバス停の記載も理解できず、村の名を人に告げることができなかった。筆者が政吉の生家を突き止められたのは、その村が箕作りという特異な生業で暮らしを支えてきたからである。そこは岩手県の北端に近い二戸郡一戸町の人里離れた山村で、仮に「奥石」と呼ばれる。四つの小集落に六〇戸ばかりがあり、「お父さんの村では箕を作ってる人がたくさんいました」と真佐子は語った。
原典より
贋金つくりの集団がいた「江戸川の社長さん」の出自第4章 天幕部落の女親分大親分一家のその後生まれた場所にはテント部落があった女傑「おシマおっかあ」女親分の夫のこと—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)
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一戸町の伝承
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