生家に否定された政吉の出自
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どんな伝承か
村田政吉の生家は、奥石(仮名)のバス停に近い高村家(仮名)でまず間違いあるまい。筆者が訪ねると、当主は要件を告げたとたん顔色を変えて「そんな者は、うちにはいない」と否定し、どこで聞いたのかと声を荒げた。そこへ七〇代前半くらいの女性が現れ、「それは、うちじゃありません」ときっぱり言ったあと、先の男性に向かって「この人はマサイチと政吉を間違えて、そんなこと言ってるんでしょ」と二度ばかり繰り返した。筆者はこの女性が政吉の実母である可能性が高いと見る。政吉の本籍地へ出した手紙にも返事はなく、二つのいきさつは関連しているのではないかという。
原典より
第4章 天幕部落の女親分大親分一家のその後生まれた場所にはテント部落があった女傑「おシマおっかあ」女親分の夫のこと第5章 「ホイト岩」の話—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)
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一戸町の伝承
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