生家に否定された政吉の出自
どんな伝承か
村田政吉の生家は、奥石(仮名)のバス停に近い高村家(仮名)でまず間違いあるまい。筆者が訪ねると、当主は要件を告げたとたん顔色を変えて「そんな者は、うちにはいない」と否定し、どこで聞いたのかと声を荒げた。そこへ七〇代前半くらいの女性が現れ、「それは、うちじゃありません」ときっぱり言ったあと、先の男性に向かって「この人はマサイチと政吉を間違えて、そんなこと言ってるんでしょ」と二度ばかり繰り返した。筆者はこの女性が政吉の実母である可能性が高いと見る。政吉の本籍地へ出した手紙にも返事はなく、二つのいきさつは関連しているのではないかという。
原典より
第4章 天幕部落の女親分大親分一家のその後生まれた場所にはテント部落があった女傑「おシマおっかあ」女親分の夫のこと第5章 「ホイト岩」の話—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。