七端の狂乱と幻覚
どんな伝承か
著者の母方の伯父にあたる今村七端は、下河原で土蔵が十戸前もあったという造酒家であった。西南の役では薩摩軍に頼まれて深葉山の雑木を伐り、大狼煙を上げた機転を買われて謀略の諜者として陣営へ連れて行かれたが、生来の臆病者で恐ろしさに仮病を使い、屋敷の大井戸に中吊りをこしらえて薩摩軍の敗退まで隠れていた。官軍が来ると今度はその下で働き、蔵を開けて全持米を握り飯にして売り俄成金となる。やがて身代を潰し、荒酒荒淫がたたって精神に異常をきたした。酒の密造で牢へ入れられると長男の団蔵を身替りに入牢させ、自分は納屋の畳を剥いでその間に隠れ、人が殺しに来ると狂乱して脅迫観念に苦しみながら一命を終えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。