青島で見た帝国艦隊と平知盛の幽霊
どんな伝承か
著者は宮崎神宮に参拝したのち鵜戸神宮を経て青島へ渡った。柱状の節理をなす海岸の岩とビロー樹の茂る南洋めいた植生に打たれ、岩に腰かけて弁当を食べていると、遠い太平洋の潮煙の間に一大艦隊が単縦陣形で堂々と航過していくのを見つけた。子供のころから軍艦が好きだった著者には、扶桑、山城、金剛と艦型まで一々判定できたという。やがて艦隊は一斉に回頭してみごとな横陣となり、二十四、五艘の巨艦が真黒な煤煙をなびかせて志々岐湾の方へ急進し、砲煙が弾き出されてしばらくののち百雷のとどろくような轟音が海を圧した。今となってみればそれは海上によろぼい出た平知盛の幽霊にすぎなかった、と敗戦後の著者は書いている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。