荒町陣屋前に座り込んだ百三十人
どんな伝承か
同じころ、鹿塩と大河原の両村から百三十人ほどの百姓が出て、訴えの筋があるといって荒町の陣屋前に腰を据えた。座り込みはすでに三、四日に及んでいると、上穂の宿場にも伝わってきた。何を求めていたのかは書き残されていないが、凶作と米価の高騰が重なり、各地で地主と小作の争いが噴き出していた時期にあたるので、年貢や小作料をめぐる談判だったと考えられている。千村氏の支配下では中坪村や小野村でも同じころ争議が起きており、この一帯が一揆の火種を抱えていたことがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
駒ケ根市誌 近世編 お札降り(駒ケ根市誌)
『駒ケ根市誌 近世編 お札降り』は、『駒ケ根市誌』近世編のうち、幕末の世情と「お札降りと民衆の狂乱」を記した一節である。慶応期の凶作と米価騰貴のなかで起きた吉五郎一件、松本平の打ちこわし、伊那谷の小作争議に続いて、慶応三年秋に赤須・上穂の宿場や村々へ伊勢大神宮の御祓などが降り、酒宴やヤッチョロ踊りの狂乱に広がったさまを述べる。上穂町の「大沼日記」と上穂村の「横山日記」を引いて日を追ってたどり、大政奉還から戊辰戦争へ向かう政局に結ぶ。