万才村深沢家の降札を村祭りで祝う
どんな伝承か
甲斐でも札が降った家はそれを喜んで祀り、祝宴を開いた。ふつうは個人の祝い事として餅を搗いたり赤飯を炊いたりして近所に配ったが、村の名望家に降った場合は村祭りの形をとることが多かった。万才村の深沢家では、本人が金を出したのはもちろん、長百姓が金一両、組頭と百姓代がそれぞれ金二朱、ほかの村人も金一朱から銭四、五百文を出し合い、村祭りとして祭事を営んだ。著者は、こうした形は村役人や名望家のもとで秩序立って営まれてきた、まだ都市化の進んでいない村に多いとみている。
原典より
万才村の深沢家では、当人の出金はもとより、長百姓が金一両、組頭・百姓代が各金二朱、その他村民がそれぞれ金一朱から銭四、五百文を出し、村祭りとして祭事を行なっている。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。