起宿の笹馬と俄踊り
どんな伝承か
尾張の起宿では、慶応三年九月十九日の夜に札が降り始め、村の内の三十七か所に及んだ。周辺の村々はそれぞれ笹馬や俄踊りを氏神に奉納し、これを豊作の吉兆として、大いに飲み食いし、踊り狂ったという。尾張藩の領内の騒ぎは、十一月下旬になるとおおむね静まった。
原典より
起宿(現在西尾市)では、九月十九日夜に降札が始まり、村内三七か所におよんだ。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。