駒が池
どんな伝承か
交野市郡津、奥野栄太郎氏宅(郡津五丁目五三の三)の北側に「駒が池」という池があった。この池は昔、高貴な方の馬を洗った、あるいは馬の足を洗った池だと伝えられている。池は昭和四十九年ごろに宅地へ変わり、今は残っていない。なお駒が池の少し西にも「よな池」という池があり、こちらは産所に付属して産後の「よな」(後産)を捨てた池であろうといわれる。郡津には丸山古墳や「ねこやま」「こみや」など、古い暮らしの記憶を秘めた地名が集まっている。
原典より
奥野栄太郎氏宅(郡津五丁目五三の三)の北側に「駒が池」という池があったが、昭和四十九年ごろ宅地に変わった。—— 交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史)
『交野市史 民俗編――伝説』は、交野市が編んだ市史の民俗編から伝説の章を収めたものである。交野の各地に伝わる池・古墳・寺社・地名にまつわる伝えを集め、産所とよな池、弘法大師の蚊封じの池、獅子窟寺の再建の由来、小松寺の起こりなどを、所在地や文献の記述を添えて記す。郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田の八地区を節に立て、地区ごとに話を並べる。