法印から五両を釣った博労の作り話
どんな伝承か
牛沢部落には法印が二院あった。これはそのうちの明慶院の話である。この法印は人の話を聞くとすぐ、あぁそうだ、そうだと物知りのような素振りをし、金銭には何不自由のない暮らしをしていた。近所に喜平太という博労が住み、博打と女と酒で師走には無一文であった。喜平太は法印の家を訪ね、面白い話があるが、うそだと言われたら五両貸してくれと持ちかけ、法印は決してうそとは言わないと約束した。喜平太は、若松の城下で大名行列に出会い、鷹が殿様の陣笠に糞をしたので家来が殿様の首を切り落とし、その首が自分の足元に転がってきたと語った。法印は思わずうそだろうと言い、まんまと一杯食わされて五両を包んで渡した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。