花を止めた紅蓮の梅
どんな伝承か
松島に遊んだ折、円福寺の観音堂のほとりにある一本の梅の木の由来を、案内に立った老女から聞いた話として伝える。羽後の国象潟の娘が、まだ見ぬ許婚の小太郎を慕って松島の里まで訪ねて来ると、小太郎はすでに病死していた。娘は帰郷を勧められても去らず、舅姑に仕え、その死後は円福寺の明極禅師の弟子となって紅蓮と名乗った。小太郎が子供の頃に植えた梅の木のかたわらに庵を結んで心月庵と呼び、亡夫を偲んで「移し植えし花の主ははかなきに軒ばの梅は咲かずともあれ」と詠むと、その年から花が咲かなくなった。「咲けかしな今は主と眺むべし」と詠み直すと、以前より多く花をつけたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年))
『佐々木喜善全集 1』は、佐々木喜善の著作を遠野市立博物館が編集・発行し、昭和六十一年に刊行した全集の第一巻である。岩手県の遠野・江刺・紫波・岩手などで聞き集めたザシキワラシの話、昔話、伝説を、村の古老や知友からの聞き書きと手紙による報告をもとに収める。「奥州のザシキワラシの話」「江刺郡昔話」「紫波郡昔話」「東奥異聞」「老媼夜譚」「聴耳草紙」に小篇を加えて並べ、巻末に遠野市教育長の跋と奥付を置く。