占いと八卦見
どんな伝承か
佐久町では占いを八卦をみる、易をみてもらうといった。大日向へは群馬から来るおいぬ様、下越から来るまんさまがみに来、余地へは高野町や下越の日蓮様が来た。曽原では八卦者が自宅や大道でみてくれ、下海瀬では修験者が人相や手相をみて、当たる率は八割ほどだったという。畑中では区内本郷の岡部国吉と小りんの夫婦が二人ともみてくれ、下畑の浅野という人が家相をみたり祈禱をしたりした。四ツ谷の橋ぎわには易者のセキが住み、明治末期から昭和初期までみてくれた。埼玉県本庄から移住した安藤安貞は人相・方角・家相をみ、朝夕太鼓をたたいて不動明王を礼拝し読経していたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐久町誌 民俗編――俗信(佐久町(編)・佐久町誌)
『佐久町誌 民俗編――俗信』は、十石峠から横岳に及ぶ佐久町の町誌のうち、町内の俗信を扱った民俗編の一部である。大日向・余地・高野町・上区・花岡など各地区で採集した天候や作柄、火事や死の予兆、夢と縁起、易者や戸隠神社の御籤による占い、厄病よけや雷よけのまじない、死や産にかかわる忌み、ものもらいの民間療法などを記す。予知(予兆)・占いと呪い・物忌み・民間療法の節に分け、項目ごとに地区の言い伝えを地区名とともに並べる。