藤を忌む押付本田の人々
どんな伝承か
押付本田の水神さまは、大平の権現さまが投げた藤づるのせいで、大切な潜牛の右の角を折り取られてしまった。それからというもの、押付本田の人々は藤を汚れたものと考えるようになり、藤の木を植える家はなくなった。生まれた子に「ふじ」と名づけることもせず、「ふじ」という名の女性は嫁に迎えなかった。どうしても「ふじ」という人を嫁にしたいときには、「ふし」などと名を改めてもらってから迎えたという。
原典より
そんなことがあってから、押付本田では、藤を不浄なものと考え、藤の木を植える者はいなくなった。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。