金銭つかみどりで集めた新利根川の人足
どんな伝承か
寛保二年の秋、関東一円の川が大洪水となり、堤防はあちこちで切れて大きな被害が出た。幕府は諸国の大名に修理を命じたが、直す場所があまりに多くて人足が足りず、大名たちは人集めに頭を悩ませた。新利根川を受け持ったのは越前の鯖江の大名で、家来の植田左仲が工事の責任者に選ばれた。左仲が考え出したのは、こぶしが入るほどの穴をあけた銭箱から、つかめるだけの金をつかませて賃金とする「金銭つかみどり」であった。これが大評判となって鯖江藩の現場には人夫が大勢集まった。羽根野の諏訪神社の境内には、このときの工事の記念碑が残っている。
原典より
羽根野の諏訪神社境内には、その時の工事の記念碑が残っている。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。