山崩れから一年十か月後に現れた屍臘
どんな伝承か
明治四十三年八月十一日夜、宮城県地方に起こった大洪水のため、玉造郡西大崎村の山林中で働いていた加美郡宮崎村字北川の木挽職、尾形幸太郎(五十三)が山崩れに遭い、作業小屋ごと土中に埋もれて行方不明となった。以来、死体を探したが見つからなかった。三年目の明治四十五年五月、山崩れの復旧工事のため土砂を発掘していたところ、二十八日に幸太郎の屍体が土中から現れた。変死後一年十か月を経ているのに全身が少しも腐爛せず、まったく臘化していた。通知を受けた東北帝国大学医学部の敷波重次郎教授が臨検して事実を確かめ、学術上重要な資料として、遺族と交渉のうえ大学へ送られることとなった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方編著・日本怪奇集成・昭和初期(推定昭和2-3年))
明治・大正・昭和の怪奇譚(日本怪奇集成)/生首と幽霊の怪/狐狸のいたずら/怪盗と世相の怪異/各時代の不思議な事件