大蛇退治から生まれた三つの地名
どんな伝承か
昔、古川市の宮沢字小林のあたりに、害をなした大蛇がいた。人々がこれを退治したとき、大蛇の首の転がっていた所を「横枕」、体を切り刻んだ所を「まな板」、焼いて骨灰を捨てた所を「灰塚」と名づけたという。これらの地名は今も残り、大蛇退治の由来を語り伝えている。
原典より
昔この地方に害をなした大蛇を殺したとき、大蛇の首の転がっていた所が「横枕」、体をきり刻んだところが「まな板」、焼いて骨灰を捨てたところが「灰塚」と名づけられたという。—— 宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ)
『宮城県史 民俗編』は宮城県の県史の民俗編で、ここに収めるのは茂木徳郎が執筆した章「妖怪 幽霊」である。山・道・木・水・海・雪・家など出現の場所による分類に沿って妖怪変化を論じ、幽霊とヒトダマ・死霊・生霊の観念を考えたうえで、県内の妖怪・幽霊・動物変化の伝承を郡・町村名を添えて集める。序説・本論・事例篇・参考の順に並び、序説では昭和二十四年の迷信調査と昭和三十年のNHK仙台中央放送局の調査にも触れる。