血の海となった蕪栗沼の亀鰻合戦
どんな伝承か
田尻に蕪栗沼という大きな沼があった。周りに蕪のような実のなる栗の木が多く生えていたのでその名がついたという。沼には甲助という大亀が棲み、流れ込む三本の川のうち最も長い富川には鰻の長助が棲んでいた。仲の良かった二匹は些細なことで仲違いし、長助は沼崎の鴨撃ちの名人に甲助の甲羅を撃ち砕いてくれと頼む。当日、鴨撃ちは栗の木に登って待ったが、亀の呼んだ黒雲と鰻の起こした嵐に肝を潰して逃げ帰った。翌朝、沼は血の海となり、岸に長助が傷だらけで死んでいたという。
原典より
<高木——「片目魚」>ずっとむがすのこと、田尻に蕪栗沼という大っきな沼があったど。—— 日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第2巻』は、岩手・宮城・秋田の三県に伝わる伝説を話の型ごとに集めた伝説資料集である。山の争いや沼の主の手紙、巨人の足跡、八郎太郎、ザシキワラシ、河童、掃部長者などの伝説を、口承の聞き書きと近世以降の地誌・縁起から採る。凡例のとおり各項は伝承地を示した例話を冒頭に据え、〔類話〕〔文献〕〔参考〕を続け、柳田・高木による話型名を添えた項もある。