五駄積みの大鱈と思い川の由来
どんな伝承か
本吉郡志津川町の折立の町外れ、志津川街道の小川のほとりに、昔、りっぱな長者屋敷があった。その屋敷に一人の美しい娘があり、いつの頃からか夜ごとに美しい若衆が人目を忍んで通ってくるようになった。娘の顔がやつれていくのを心配した乳母が問いただし、化生のものかもしれぬというので、若衆の帰るときに裾へ糸をつけた針を留めさせた。翌朝、家から一すじの血痕が小川まで続き、海の川口が血で赤く染まって、巨大な鱈が死んで浮かんでいた。解体して馬に積むと五駄分もあったので、その地を「五駄鱈」と呼ぶようになったという。鱈に魅入られた娘も同じ場所に身を投げ、その小川は思い川または毒川と呼ばれるようになった。
原典より
折立の町外れ(志津川街道)に小川があり、昔、その近くの崖上にりっぱな長者屋敷があった(今は共葬墓地)。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承