海から見守る父と高台の母子
どんな伝承か
震災の年の五月、著者は宮城県南三陸町を訪ねた。町を見下ろす高台に上がると、幼い子の手を引いて、壊れ尽くした市街を眺める母親とすれ違う。振り返れば、夕暮れのなかで瓦礫が黒く長い影を引いていた。まだ就学前と見えるその子が、どうして家に帰れないのか、どうしてお父さんはいないのかと尋ねる。母は、家は壊れてしまったのだと答え、父はもうお前だけの父ではなく、海の中から町のみんなを見守る人になったのだ、だからおもちゃは買ってこられないけれど、もっと大きなものを用意してくれているのだと語った。母は泣いていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
震災後の不思議な話-三陸の怪談(宇田川敬介)
『震災後の不思議な話-三陸の怪談』は、宇田川敬介が著した東日本大震災の被災地の怪異談集である。復興の手伝いで通った三陸の人々から聞いた虫の知らせや生死を分けた出来事、津波の犠牲者の霊、タクシーの幽霊などの話を、津波の言い伝えや『遠野物語』、オシラサマ伝説とあわせて記す。全体を「迫りくる危機と虫の知らせ」から「見守っています」までの四幕に分け、「おわりに」で取材の動機と、話者の名や地域を伏せた方針を述べる。