死んだ夜に里子を抱きに来た母
どんな伝承か
天明二年の夏の初め、浅草あたらし橋外の町家の娘が、僧の囲い者のようにして親元に預け置かれていたが、一子を生んだ後に血の道のように患い、乳児は最寄りの軽い町家へ里子に出された。娘は養生かなわず身罷ったが、その夜、里子のもとへ至って門口から会釈をした。里親が子を寝かしつけていたところ、よく来てくれたと子を抱いて見せると、娘はよく肥って成人したと抱き取り、いろいろ介抱し、これほど愛らしいものを捨てて別れるのも残念だと言った。里親夫婦は大病と聞いていたのを不審に思ったが、灯をともす時分で人影も定かでない。灯をともすと娘は子を返し、挨拶をして立ち去った。翌日、親元から前夜病死したとの知らせが来たという。同じ町の医師田原子が語った話である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・昭和(戦中))
生物学者・小泉丹『科学的教養』(戦中刊)。国民の科学性とは科学知識の普及ではなく科学的態度であるとし、科学的・非科学的の境界を吟味したうえで、怪異談を科学的に検討する。