片足の靴を提げた下女の幽霊
どんな伝承か
日露戦争のころ、神戸の元町一丁目と二丁目の境を山側へ入った家に支那人の夫婦が住み、一生奴隷として仕える約束で買ってきた十五、六の娘を下女にしていた。夫が妻の目を盗んで下女に手を出すと、妻は嫉妬して食事もろくに与えず、夜ごと二階の一室で裸にして吊るし責めたが、当時の敵国の人とあって誰も警察に知らせなかった。ある日下女は屋根から飛び降りて向かいの日本人の家の縁の下へ逃げ込んだが、主人に引きずり出されて戻され、妻に柱へ縛られて殴り殺された。事はうやむやにされ、その日の夕方に葬式が出された。あとには破れ靴が片方残った。その夜更け、無人の二階から階段を下りる足音と忍び泣きがして、その靴を提げた下女が枕元に立ち奥様と呼んだので、妻は気を失った。翌朝靴は消え、向かいの家でも夜ごと表の格子を撫でる音がした。夫婦は長田通りへ移ったが幽霊はそこにも現れ、妻は肺病で帰国後まもなく死んだ。向かいの家も音に悩んで生田前へ移ったという。
原典より
恐ろしいと思ひつけてゐる下女が片手にアノ忘れて行った靴を提げた儘夢の如くに立つてゐるのだ。—— お化と幽霊 怪談揃ひ(大文館編輯部(編纂)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化と幽霊 怪談揃ひ(大文館編輯部(編纂))
『お化と幽霊 怪談揃ひ』は、播州を中心に摂津・淡路・大阪・神戸の怪異を集めた怪談集である。神戸のチャブ屋に残された下女の片足の靴、明石の坊主橋に出る按摩の怨霊、西瓜に浮かぶ女の顔、淡路洲本の白壁物語、西宮のねてこが池の怪などを、地名と人名を挙げて講談調で語る。三十余りの話を並べ、天保や明治九年の出来事とする話のほか、寄せられた原稿によるとことわる話も含む。