置き去りにしたお絹の怨霊
どんな伝承か
大和の畝傍山に近い村で興行した旅回りの一座の役者増蔵は、物持ちの娘お絹をたぶらかし、夫婦になる披露の金だと大金を出させて連れ出した。金を使い果たすと酒と博打にふけり、淡路の木賃宿ではお絹を柱に縛って責めた。播州明石で昔なじみのお時を迎えると虐待は募り、病んだお絹は一座が備前で解散した折に置き去りにされた。その夏、海田市町や尾の道の宿で蚊帳の外に白いものが立ち、備後の三原ではお時が夜中に増蔵の鼻に噛みつき、やがて添い寝の女がお絹に変わり、朝にはお時が冷たくなっていた。一座は但馬を通って丹後の宮津へ出たが、増蔵は女と寝るたびお絹の姿を見るようになり、ついには毎晩枕元に立たれて衰え、舞台にも出られなくなった。梅毒も出た増蔵は一座に捨てられ、乞食同然で旅をさまよった末、その秋に大阪の池田近くで行き倒れたという。
原典より
お時ではなくつて疾くに別れた彼のお絹が自分と枕を並べてスヤスヤと寝てゐるのだから—— お化と幽霊 怪談揃ひ(大文館編輯部(編纂)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化と幽霊 怪談揃ひ(大文館編輯部(編纂))
『お化と幽霊 怪談揃ひ』は、播州を中心に摂津・淡路・大阪・神戸の怪異を集めた怪談集である。神戸のチャブ屋に残された下女の片足の靴、明石の坊主橋に出る按摩の怨霊、西瓜に浮かぶ女の顔、淡路洲本の白壁物語、西宮のねてこが池の怪などを、地名と人名を挙げて講談調で語る。三十余りの話を並べ、天保や明治九年の出来事とする話のほか、寄せられた原稿によるとことわる話も含む。