伐っても元に戻る大楠と鬼源兵衛
どんな伝承か
賀羅加波神社の境内に、並外れて大きな楠が一本そびえていた。枝は山一つ越えた光谷まで影を落としたという。ある時、時の城主福島正則がこの木を伐って船を造れと命じたが、人々は神の怒りを恐れて手を出さなかった。そこで正則は、土地で剛の者として知られた鬼源兵衛に伐採を任せた。源兵衛はしかたなく幹に刃を入れたが、一日では伐りきれず、翌朝に続きをしようとすると、幹は刃を入れる前の姿に戻っていた。幾日もこれが続いた末、一人の翁が木屑を焼き払えと教え、そのとおりにすると大楠はついに倒れた。正則は大いに喜んだが、源兵衛の一家はその年のうちに皆死に、大楠で造った船も犬吼の鼻の手前で沈んだと伝わる。
原典より
大楠の幹は、刃物を入れる前の姿にもどっていたのである。—— 三原市史 第7巻 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
三原市史 第7巻 民俗編
『三原市史 第7巻 民俗編』は、三原市の市史の民俗編のうち「三 伝説」の節だけを収めた部分で、番号を付けた十二の伝説から成る。糸崎八幡宮の神馬を祀った馬神塚、夜泣きの松、福島正則の命で伐られた大楠、山ん婆の足跡、蛇のヤムシロ、餅を搗かない家、干拓の人柱となった甚五郎など、市内各地の伝説を収める。各話の末尾に「書出帳」『三原志稿』『三原昔話』『沼田地方の伝説』や土地の伝承など、拠った資料を記す。