観音に叱られた山ん婆の足跡
どんな伝承か
長谷村(現長谷町)の京覧畑に、一人の山ん婆が住んでいた。あるとき山ん婆は長者ヶ原で子供を盗み、住処へ連れ帰ろうとした。ところが村で祀っている観音様がこれを見とがめて叱責したので、山ん婆は子供を離し、あわてて飛び去ったという。長谷町加登の岩の面に残る長さ三〇センチほどの矩形のくぼみが、そのときの山ん婆の足跡であると土地では伝えられている。
原典より
長谷町加登の岩面にある長さ三〇センチほどの矩形のくぼみが、このときの山ん婆の足跡であるという。—— 三原市史 第7巻 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
三原市史 第7巻 民俗編
『三原市史 第7巻 民俗編』は、三原市の市史の民俗編のうち「三 伝説」の節だけを収めた部分で、番号を付けた十二の伝説から成る。糸崎八幡宮の神馬を祀った馬神塚、夜泣きの松、福島正則の命で伐られた大楠、山ん婆の足跡、蛇のヤムシロ、餅を搗かない家、干拓の人柱となった甚五郎など、市内各地の伝説を収める。各話の末尾に「書出帳」『三原志稿』『三原昔話』『沼田地方の伝説』や土地の伝承など、拠った資料を記す。