借家に通う山姥の女房
どんな伝承か
行商人の甚九郎は、素性の知れぬ女房から逃れようとして、奥州街道をくだり三春の二日町という所に借家をした。二十日ばかりして、行灯を消して床につくと雨戸の隙間が青く光り、外から「開けてくださいよ、私ですよ」と女房の声がした。雨戸が開いて女房が枕もとに来て、いくら嫌われても離れないと言う。甚九郎は刺し殺すよりほかないと思い、会津の方へ行こうと言って家を出、山路の辻堂の縁で弁当を開いた隙に、脇差で女の胸を突いた。逃げ込んだ寺の住持は、山姑に逢ったので命が危ういと言い、死骸を運ばせて額に七字を書き、棺に納めて念仏させた。夜半、棺から角の生えた死骸が起き上がったが、血脈袋と珠数に妨げられ、朝には倒れた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ・明治末~大正期(推定))